老舗を変えたのは「小さな不便」だった。
山村ぷりんバーに学ぶ生成AIの商品開発
初週400食 想定の3倍超 | 約半年 試行錯誤で商品化 | 1919年 創業の老舗発 |
✍️ 近森 満(株式会社サートプロ CEO)
#生成AI#商品開発#データ経営
・小さな不便を「四つの問い」に分解しAIと壁打ちする方法
・ゑびや・EBILABに学ぶデータ経営と生産性向上の違い
・AI商品開発を成功させる五つの条件と人材育成の視点
老舗だから変えられない。本当にそうでしょうか
DX推進の変革の種は大規模システムより現場の小さな不便にあります。手がふさがる・商品が落ちる、そんな具体的な困りごとが入口です。
こんにちは、IT・DX教育サービスの株式会社サートプロ 近森満です。伊勢神宮の内宮にほど近い、おかげ横丁。古い町並み、伊勢うどん、赤福、川と山の空気。私にとって伊勢は、妻の故郷でもあり、子どもたちが小さい頃から夏や正月に何度も訪れた、思い入れの深い場所です。
そんな伝統の風景の中で、生成AIを使った商品開発が進んでいる。私はこの組み合わせに、とても面白さを感じました。舞台は1919年創業とされる山村乳業です。低温殺菌の牛乳を丁寧につくり、長く地域に根を張ってきた老舗です。そこで生まれたのが「山村ぷりんバー」でした。
見た目は、四角いプリンを棒に刺し、上にクリームとさくらんぼを添えた、どこか懐かしくて可愛らしい商品です。しかし、この商品の本質は見た目の珍しさだけではありません。出発点は、お客さまの「プリンを食べ歩きたいけれど、両手がふさがって食べにくい」という、実に小さな不便でした。
DX推進というと、大規模システムや全社データ基盤を想像しがちです。しかし現場で見ると、変革の種はもっと小さいものです。手がふさがる。商品が落ちる。注文を予測できない。食品が余る。こうした具体的な不便を見つけ、デジタルやAIを使って新しい価値へ変える。そこにデジタル・トランスフォーメーションの入口があります。
参考記事:
https://note.com/77777777777/n/n96c944ac7493
「棒を刺せばいい」が商品になるまで
AIがプリンを作ったのではありません。困りごとを見つけ食感を確かめ改善したのは人。AIは発想を広げ検討を速める「思考の鏡」でした。
プリンに棒を刺す。言葉にすれば簡単です。ただ、とろけるプリンに棒を刺せば落ちてしまいます。片手で持てる硬さが必要で、食べたときのおいしさも守らなければならない。写真に撮りたくなる見た目も大事です。アイデアは一行でも、商品は一行ではできません。
若い社員の発想をもとに、後継世代がChatGPTを壁打ち相手として活用し、試行錯誤を繰り返した。約半年で形にし、2023年11月に販売すると、最初の1週間で400食、想定の3倍を超える注文につながったと紹介されています。しかも「落下事故ゼロ」という表現がいい。お客さまの不便を、わかりやすい成果指標に変えています。
ここで大事なのは、AIがプリンをつくったのではないということです。困りごとを見つけたのは現場の人です。食感を確かめ、形を調整し、店頭で販売し、お客さまの反応を見て改善したのも人です。AIは、発想を広げ、曖昧な考えを言葉にし、検討を速める「思考の鏡」として働きました。
生成AIを「答えをくれる魔法の箱」として扱うと、もっともらしい誤りやハルシネーションに振り回されます。食品開発なら、原材料、衛生、製造条件、表示、食感、安全性は専門家が検証しなければなりません。AIの提案を実物で確かめ、最後の判断と責任を人が持つ。この分担があるから、壁打ちは価値になります。
事例: 小さな不便を、四つの問いに分解する
「誰がいつ困るか」「どの動作が負担か」「何を変えてはいけないか」「成功を何で測るか」。四つに分解するとAIとの壁打ちが具体的になります。
自社の商品やサービスで不便を見つけたら、私は四つに分けて考えることを勧めます。
一つ目は「誰が、いつ困っているか」。
二つ目は「どの動作が負担か」。
三つ目は「何を変えてはいけないか」。
四つ目は「成功を何で測るか」です。
山村ぷりんバーなら、食べ歩く観光客が、両手がふさがることで困っている。容器とスプーンを使う動作が負担になる。しかし、プリンのおいしさと老舗の品質は変えてはいけない。そして、落とさず片手で食べられること、実際に売れることが成功指標です。ここまで分解すれば、AIとの壁打ちも具体的になります。
「何か新商品を考えて」では、AIも一般論しか返しにくい。ところが、利用場面、制約、守る品質、評価方法を渡すと、対話の質が上がります。プロンプトの技術というより、現場を観察し、問いを設計する技術です。この力は、商品企画だけでなく、人材育成や業務改善にも共通します。
Dは買えるが、Xは人が変わること
ChatGPTのアカウントも仕組みも買えます。しかし発想を信じて試すこと、若手に任せること、先代と折り合うことは購入できません。
私はよく「Dは買えるが、Xは人が変わること」とお話しします。ChatGPTのアカウントはすぐにつくれます。データ分析の仕組みも、予算があれば導入できます。しかし、新しい発想を信じて試作すること、若い社員へ任せること、先代の成功体験と折り合いをつけることは、購入できません。
老舗企業には、長く続いてきた理由があります。品質、信用、地域との関係、昔からの製法。これらは守るべき資産です。一方で、守ることと変えないことは同じではありません。牛乳とプリンの価値を守りながら、食べ方や売り方、開発方法を変えることはできます。むしろ、守りたいものが明確だからこそ、変えてよい部分が見えてきます。
DXは、紙をデータにするだけではありません。業務や顧客体験、収益構造を変えることです。さらにAIを作業主体や相棒として組み込むAX、AIトランスフォーメーションへ進む。そして、人間側の思考OSを更新するMX、マインド・トランスフォーメーションが必要になります。
今回の事例で最も象徴的なのは、技術よりも世代間の空気です。若い世代が部屋でAIを使い、先代は半信半疑でも、試作品を市場に出した。最初から全員が同じ考えでなくても、小さく試す余地があったから結果が生まれた。心理的安全性とは、何でも賛成することではなく、検証できる小さな挑戦を止めないことだと思います。
人や組織の変化で詰まったときの参考図書として、私の著書『マインド・トランスフォーメーション AI時代の思考革命: AI時代に必要な人間OSのアップデート』も、必要に応じて手に取っていただければと思います。道具を更新するだけでなく、判断の前提を更新することが、変革を持続させます。
おかげ横丁には、もう一つのDX実践がある
ゑびや・EBILABは食堂経営にデータを導入。売上約5倍、食品ロス72.8%削減などの成果を、仕入れ・接客・働き方の判断へつなげています。
同じ地域には、ゑびやと株式会社EBILABの実践があります。老舗の食堂経営にデータを持ち込み、来客予測、店舗分析、画像解析、アンケートなどを組み合わせてきた事例です。勘と経験を否定するのではなく、データで補強し、判断の精度を上げていく取り組みです。
紹介された成果には、売上高約5倍、客単価約3倍、食品ロス72.8%削減、来客予測的中率91.3%、残業0時間といった数字があります。数字は条件や期間を確認して読む必要がありますが、少なくとも重要なのは、データを集めること自体が目的ではなく、仕入れ、配置、接客、働き方の判断へつなげている点です。参考: 株式会社EBILAB
ここにも、時短と生産性の違いがあります。残業時間を減らすだけなら、単なる時短で終わるかもしれません。予測によって食品ロスを減らし、顧客体験を高め、現場の余白を改善や新商品へ再投資する。そこまでつながって初めて、生産性向上と新しい価値創出になります。
事例: 勘を捨てず、データでデバッグする
データ経営は勘の追放ではなく「経験のデバッグ」。仮説をデータで確かめ外れたら修正する。人材育成も現場の行動変化まで見ます。
長年店頭に立った人の勘は、簡単に数値化できない貴重な知恵です。だから、データ経営は勘を追放することではありません。「今日は雨だから客足が変わる」「この時期は家族連れが増える」といった仮説をデータで確かめ、外れたら修正する。経験をデバッグ可能にすることです。
人材育成でも同じです。研修の受講者数や満足度だけでなく、現場の行動が変わったか、判断品質が上がったか、生成AIで生まれた時間を何へ再投資したかを見る。元エンジニアで人事に移った方なら、技術と人の両方を翻訳できる強みがあります。デジタル人材を育てるとは、ツール操作を教えることではなく、現場の仮説検証を回せる人を増やすことです。
AI商品開発を成功させる五つの条件
①小さな不便から始める②守るものと変えるものを分ける③AIを壁打ちに使う④小さく市場に出す⑤成果を次の学びへつなぐ。この五つが鍵です。
第一は、顧客の小さな不便から始めることです。経営会議で「AIを使うテーマ」を探すより、店頭、問い合わせ、作業現場にある面倒を観察する方が、価値に近づけます。
第二は、守るものと変えるものを分けることです。山村乳業なら品質とおいしさは守る。一方、形、食べ方、開発の進め方は変えられる。この境界が曖昧だと、伝統を壊す恐れか、何も変えられない停滞のどちらかに寄ります。
第三は、AIを壁打ち相手にすることです。複数案、反対意見、リスク、検証項目を出させる。ただし、事実確認と専門判断は人が行います。AIへ丸投げせず、人が問いと責任を持つことが欠かせません。
第四は、小さく市場へ出すことです。完璧を待つのではなく、試作品をつくり、限定的に販売し、反応を見る。失敗は失点ではなく、正解へ近づく試行データです。経営者や管理職は、挑戦した人だけが損をしない評価を設計する必要があります。
第五は、成果を次の学びへつなげることです。一度AIを使って終わりではありません。顧客の声、販売数、落下の有無、製造負荷を振り返り、次の商品や業務改善へ知見を再利用する。経験を原液として残し、複利で活用する仕組みが、老舗の新しい強みになります。
人材育成の視点で見る、老舗企業の強さ
職種ごとにAIの使い方は異なります。営業は顧客の声の構造化、製造はリスク洗い出し、管理職は選択肢比較。専門性×AIで研修は成果に近づきます。
この事例を人材育成の視点から見ると、もう一つ重要なことが見えてきます。新しいアイデアを出した人、AIを使って検討した人、製造を支えた人、店頭で販売した人。それぞれのスキルセットがつながって、初めて商品になります。一人の天才がすべてを解決したのではなく、異なる経験を持つ人が現場で役割を持ったことが強みです。
企業が生成AI研修をするときも、全員へ同じプロンプトを覚えさせるだけでは不十分です。営業には顧客の声を構造化する使い方、製造には作業条件やリスクを洗い出す使い方、管理職には意思決定の選択肢を比較する使い方がある。職種ごとの専門性とAIを掛け合わせることで、研修は現場の成果へ近づきます。
そして、資格や研修講座・eラーニングの役割も変わります。知識を覚えたことを証明するだけでなく、小さな改善を企画し、AIを使い、検証し、結果を説明できるところまで可視化する。マイクロラーニングで学び、現場で試し、その実績をマイクロクレデンシャルとして積み上げる設計が、これからのキャリアパスを支えます。
人材不足を採用だけで埋めようとすると、いつまでも外部の誰かを待つことになります。まず教育不足を疑い、今いる社員が自立・自走できる環境をつくる。若手の発想とベテランの品質感覚を対立させず、双方をAIとデータでつなぐ。これが老舗企業におけるリスキリングであり、持続可能なスキルチェンジです。
企画書に落とすなら、技術ではなく物語から始める
企画書はChatGPTの機能一覧ではなく「観光客が両手をふさがれていた」という一場面から。課題が人の動作として見えれば全員が景色を共有できます。
この話を企画書にするなら、最初のページにChatGPTの機能一覧を置かない方がよいでしょう。「観光客は両手がふさがり、プリンを食べにくかった」という一場面から始める方が伝わります。課題が人の動作として見えれば、経営者、現場、技術担当者が同じ景色を共有できます。
次に、現状の流れと理想の体験を並べます。容器を持つ、スプーンを持つ、荷物を持つという現状から、片手で安全に食べられる体験へ。その差分に必要な商品条件を置き、AIで検討する項目、人が試作する項目、安全性を確認する項目を分けます。こうすると、AI活用が目的ではなく、顧客体験を実現する手段として位置づきます。
最後に、検証指標を決めます。販売数だけでなく、落下の有無、購入者の反応、再購入、製造時間、廃棄、現場負荷まで見る。数字が悪ければ失敗ではありません。どの仮説が外れたかがわかれば、次の改善材料になります。企画書は承認を取る紙ではなく、学習のサイクルを共有する設計図になります。
ここでAIエージェントを使うなら、顧客コメントの整理、競合事例の分類、試作会議の議事録、検証項目の抜け漏れ確認など、限定された作業から始めるのが安全です。個人情報や機密情報の扱い、参照元、承認者を明確にし、AIが勝手に意思決定しないようにする。便利さが増すほど、人間側の責任設計が必要です。
また、現場の成功事例を一度きりの美談にしないことも大切です。何に気づき、どんな問いをAIへ投げ、どこで専門家が修正し、どの数字を確認したのかを記録する。その記録は、次の商品開発や新人教育で使える知的資産になります。音声、写真、試作メモ、顧客の声を整理して残せば、経験は個人の記憶から組織の学習へ変わります。
ただし、成功をそのまま横展開すればよいわけではありません。観光地の食べ歩きと、都市部の小売店では顧客の行動が違います。山村ぷりんバーの形だけをまねるのではなく、「自分たちの顧客がどこで困っているか」という問いを持ち帰るべきです。事例は答えではなく、自社の仮説を生むための材料です。
超知性リテラシーというと、AGI(Artificial General Intelligence)やASI(Artificial Super Intelligence)の大きな未来を想像しがちです。しかし準備は、今日の小さな仕事から始まります。AIの出力を疑い、一次情報を確かめ、現場で試し、責任を引き受ける。この基本動作を積み重ねた組織ほど、AIが高度化したときにも主体性を失いません。
明日の朝、職場を五分だけ歩いてみてください。誰かが両手をふさがれていないか、同じ情報を二度入力していないか、経験者だけが知る判断が隠れていないか。その観察を一文にしてAIと話すだけでも、変革の入口になります。大きな予算より先に、現場を見る目を育てることです。小さな一歩が、組織の未来を変えます。
まとめ: 変革の種は、あなたの足元にある
古いものと新しいものは対立しません。守る価値・現場の不便・試す人がいれば、生成AIは変革の道具に。差をつくるのは問いを立て検証し責任を持つ人です。
山村ぷりんバーとゑびや・EBILABの実践は、伝統的な地域や老舗企業こそ、生成AIやデータ活用の余地が大きいことを教えてくれます。古いものと新しいものは対立しません。守りたい価値があり、現場の不便があり、試す人がいれば、デジタルは変革の道具になります。
読者の皆さんの職場にも、「ずっとこうしてきたから」で残っている小さな不便があるはずです。まず一つだけ見つけてください。そして、誰が困るのか、何を守るのか、AIに何を相談するのか、どう小さく試すのかを書き出してみる。これが、企画書の最初の一枚になります。
生成AI時代に差をつくるのは、AIの答えを多く持つ人ではありません。目の前の違和感を問いに変え、専門知識で検証し、現場で実装し、結果に責任を持てる人です。DXからAXへ、そしてMXへ。変革は大きな号令ではなく、「この不便、何とかできないかな」という一言から始まります。
本日の内容が、あなたの「シンギュラリティ時代への準備」に向けた、わずかながらでも「気づき」や「次の一歩」のヒントになれたなら幸いです。10年先の超知性ASIやAGIが当たり前になる未来に向けて、私たち自身をアップデートし続けることが、今最も重要です。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
株式会社サートプロでは、初回無料の「DX推進人材教育プログラム」コンサルティングを提供しています。社員のDXマインド、生成AI活用、実践的なITスキル教育でお悩みでしたら、ぜひ一度お聞かせください。次回の記事も、どうぞお楽しみに!
よくある質問(FAQ)
生成AIを使った商品開発とデータ経営について、検討順によくある5つの疑問へお答えします。
重要なキーワード解説
本記事の理解を深める3つのキーワードを、一行定義とあわせて解説します。
AIを使った商品開発
顧客の不便と制約を人が整理し、AIを壁打ちに試作・検証を速める方法。
AIを使った商品開発は、AIに商品案を丸投げすることではありません。顧客の不便、守る品質、制約条件、評価方法を人が整理し、AIを壁打ちに使いながら試作と検証を速める方法です。ハルシネーションを前提に、食品安全や法令、専門判断は人が確認します。
データ経営
経験や勘を捨てず、仮説を検証できる状態にして改善を繰り返す経営。
データ経営は、経験や勘を捨てることではなく、仮説を検証できる状態にすることです。来客、販売、在庫、食品ロス、作業時間などを判断へ結びつけ、改善を繰り返します。数字を集めるだけでなく、現場の行動と顧客価値を変えることがDX推進の目的です。
マインド・トランスフォーメーション
AI時代に人間側の思考OS(判断・評価・責任の前提)を更新する考え方。
マインド・トランスフォーメーションは、AI時代に人間側の思考OSを更新する考え方です。前例を守るだけでなく、若い世代の発想を小さく試し、失敗を学習データとして扱う。DXやAXを成果へつなげるには、ツール導入と同時に判断、評価、責任の仕組みを変える必要があります。
著者紹介
近森満(ちかもり みつる) 株式会社サートプロ 代表取締役CEO / DXコンサルタント/IT人材育成/検定事業化 IT技術者の教育支援と人材育成を専門とする事業化コンサルタントとして、2006年に株式会社サートプロを創業し、IoT検定・+DX認定・アジャイル検定などの資格制度を創出。独自の技術者向け教育研修の開発に定評があり、実践的なスキル向上を支援。経済産業省DX推進ラボおよびIoT推進ラボのメンターとして自治体や中小企業のDX推進を支援。近年は超知性ASIスキル可視化にも取り組み、次世代技術の普及に注力している。 | ![]() |
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